広葉樹の森と人間の関係性の最適解を探求する。
飛騨市地域おこし協力隊
広葉樹活用コンシェルジュ
及川幹
飛騨市地域おこし協力隊の及川幹さんに、「広葉樹のまちづくり」から「広葉樹活用コンシェルジュ」の取り組みまでインタビューさせていただきました。
ーー 及川さんが林業に関わられたきっかけを教えてください。
及川幹(以下、及川):大学では文化人類学を専攻し、人間と自然の関係性を研究していました。古来から人類は自然を活用して生きてきましたが、民族の違いで行動や生業がガラッと変わることにとくに関心を抱いていましたね。
ーー 民俗学からどういう経緯で林業へ進まれたのですか?
及川:就職活動では、元々の関心に近い仕事ができないかなと模索していまして、林業だったら人間と自然との関わりの中で働けるかなと考えました。山を切り出すことは数十年、数百年のロングスパンで物事を考えなければならない仕事でもありますので、そうした部分も魅力的に思い、関西地方の林業の会社に就職します。その会社は、素材生産から原木市場、製材工場、外材の問屋と手広く木に関わる仕事を展開していまして、僕は製材工場の営業や生産管理を担当し、新しい製材工場の立ち上げにも関わらせていただきました。
ーー もっと川上に近い部署を希望されたのかと思いました。
及川:入社当初の希望は川上により近い部署でしたが、結果的に川中である製材に携われた経験は貴重でした。材料となる丸太を仕入れるには川上側の話を聞かなければならず、製材して売るためには川下である建築資材や内装材の販売会社の視点に立たねばならない。川上と川下を繋げる役割の重要性を痛感しましたし、業界構造も深く知れて、自分の性にも合っている良いポジションでした。
ーー 充実した前職を経て、どういうきっかけで飛騨に移住されましたか?
及川:当時の僕の認識は「林業」=「針葉樹」でした。それは木材流通の大部分を担っているのが針葉樹であったり、あるいは国の林業施策の対象が基本的には針葉樹を対象にしているため、広葉樹は林業の対象ではない認識があったのです。
一方で、当然ですが山には広葉樹もたくさん生えていて、全国一律の同じ補助金システムでは網羅できない自然条件の多様さがあります。そういったところが本来あるべき地域の林業の姿とはかけ離れていると感じていました。そんな折、飛騨市が地域の特徴を生かした広葉樹活用に取り組んでいることを知りまして、ぜひ挑戦してみたいと思い転職したのがきっかけです。
ーー 実際に飛騨市ではどんな役割を担われていますか?
及川:現在は飛騨市の地域おこし協力隊として、広葉樹のまちづくりにおける「広葉樹活用コンシェルジュ」として活動しています。具体的には、広葉樹と価値を引き出してくれるプレイヤーを繋ぐ役割を担うべく、広葉樹を用いた新たな商品開発に伴う原材料の調達や生産プロセスの検討、サプライチェーンの調整などのお手伝いや、希望に沿った広葉樹木材の調達、森林空間を活用したイベント企画のご相談などに対応しています。
とは言え、コンシェルジュとしてどう活動していくかは模索段階ですね。広葉樹のまちづくりの取り組み自体は少しずつ認知されていますが、肝心の広葉樹の販売面が圧倒的に弱いため、事業として成り立つように販路拡大を強化しなければなりません。
ーー 販路拡大に向けて、具体的にはどんな取り組みをされていますか?
及川:現在、高山市にある木工家具メーカー「飛騨産業」様と協力して、広葉樹材における乾燥技術の研究を進めています。元々、広葉樹材は乾燥させる工程ですごく時間がかかる材料であり、半年〜1年ほどの乾燥時間が必要でした。しかし、研究している新たな乾燥プログラムでは乾燥工程を40~60日ほどに縮めることを目指し、試行錯誤しています。完成すれば、森を見て、木を選び、そこから家具を作って納品するという商売を現実的なスパンでできるかもしれません。加えて、乾燥技術により良質な乾燥材を供給できれば、販路拡大に大きく貢献できると期待しています。
ーー 及川さんがそれだけ広葉樹の活用へ取り組む想いを知りたいです。
及川:広葉樹の活用は業界的に見たら異端かもしれませんが、僕の目からすると飛騨地域においては自然な取り組みに見えます。なぜかと言うと、この地域にはたくさんの広葉樹資源があり、目利きして切り出す技術があり、広葉樹専門の製材工場があり、木工家具会社や木工作家さんも多くいらっしゃるからです。
ーー なるほど。飛騨地域の特性を活かす林業であれば、広葉樹を活用するのが当然だということですね。
及川:はい。しかし現状は、広葉樹の95%は安価なチップに加工されており、用材としての活用率は約5%に留まります。対して針葉樹は、用材としての活用率は50%〜60%ですので、大きく違いますよね。もちろんこれは経済合理性を追求した結果であり、一見すると違和感ある生産流通は、例えば大量生産・大量消費のアパレル業界や、取引価格を調整するために一定数の農作物を処分する農業などよくあることです。ですが、こうした歪な構造は、言ってしまえば人間側の都合ですよね。理想論かもしれませんが、広葉樹と人間の関係性における最適解を僕は探したいです。
ーー だんだんと及川さんの秘めたる熱い想いが見えてきました。
及川:広葉樹は樹種や品質がバラバラなので活用は大変ですが、多様であるからこそ、いろんな人に響く可能性がある資源だと僕は思っています。前職で針葉樹を中心に扱っていた時には持てなかった感覚です。飛騨地域なら生産や流通に関わる方の顔が見えるため、「トレーサビリティ(追跡可能性)」が非常に高い国産材となるのも時代に適した強みですよね。
正解がまだない難しい取り組みであることは重々承知ですが、いろんな樹種や品質があり、癖があって扱いにくい広葉樹の資源と人間が上手に付き合えたら、きっと持続可能な形で山とお付き合いできるはず。そう捉えると僕はワクワクしますし、チャレンジしてみたいと思いました。
ーー ありがとうございます。今後の広葉樹のまちづくりの展望はどう描いていますか?
及川:僕の中での広葉樹のまちづくりの理想は、飛騨の山から生まれた多種多様な材料がこの地域に集まり、多種多様なプレイヤーの元で活用されることです。しかし、まだまだ飛騨の森の価値を引き出してくれるプレイヤーが少ないのが現状です。もし、広葉樹の活用に興味ある方がいらっしゃったら、ぜひ一緒に取り組めたらと思います。課題が山積していますので、手間暇かけたお付き合いになるかと思いますが、僕や各事業者も最大限サポートしますので、まずはお気軽にご連絡いただけたら嬉しいです。
ーー 最後に、読者の方へメッセージをお願いします!
及川:広葉樹のまちづくりと言われると、なにか活動をしなければならないと思われるかもしれませんが、飛騨市の暮らしの中にはすでにいろんな形で広葉樹が関わっています。例えば、野草を取りに行くとか、新緑の時期には一斉に木々が芽吹くとか、そうした広葉樹の土地に暮らしている息遣いを少しでも意識していただけると「飛騨って豊かな地域だな」とポジティブに感じられると思います。きっと、広葉樹のまちづくりはそんな想いの積み重ねなのではないでしょうか。