森との距離を近づける、乾燥技術の確立へ
活動・実績紹介
森「70年」 → 乾燥「1年」
木は炭素と水でできているー。長い年月をかけて、成長を重ねてきた広葉樹の森には、時間相応の炭素が蓄積されていくと同時に、多量の水分が循環してきました。木材乾燥というのは、まさにこの部分との格闘になってきます。
飛騨の広葉樹の森の林齢は、平均すると約「70年」ほど。それだけの期間にわたって、広葉樹に蓄積されてきた炭素、それが構成する広葉樹の丈夫な樹体。そこからどうやって水分を適正な基準にまで落とせるのかが、広葉樹乾燥の難しいところになります。そうして現状のノウハウの中で、最も一般的な生産スパンというのが約「1年」。木材流通のなかで、一番時間がかかるのが、この乾燥工程になります。
広葉樹乾燥を難しくしているもの
なぜ広葉樹乾燥は難しいのか。そこには広葉樹ならではの特徴がよく表れています。
まず、一つに広葉樹の多様性です。特に飛騨の広葉樹の森は、落葉広葉樹を中心に構成されているため、豊富な樹種を抱える森となっています。広葉樹乾燥をするということは、この多様な樹種のそれぞれの特徴に対応しなければならないということです。
二つ目に、比重の高さが上げられます。針葉樹の代表的な樹種であるスギで0.34、ヒノキで0.41という値を示すのに対し、ケヤキ・0.58、ブナ・0.59、タモ・0.61、ミズナラ・0.63、ウダイカンバ・0.65、コナラ・0.78など、高い数値を示す樹種が多いということです。比重の高い樹種は、木材中の水分移動が遅いことから、含水傾斜が発生しやすく、高い乾燥技術が求められます。一方で、比重=強度の高い樹種は、家具材や内装材など、需要も高い傾向にあり、こういった難しい樹種をどのように乾燥させるかが、広葉樹乾燥の肝になります。
三つ目に、求められる乾燥品質の高さがあります。こちらは、マーケット側の事情になりますが、広葉樹は日常使いするものが多く、ひいては室内・屋内で使用されるものが多いです。現代の気密性の高い、乾燥した室内環境に耐えうるプロダクトを生産するには、乾燥した室内環境に適した含水率にまで水分を落とすこと、そして木材の内側と外側を等しく乾燥することが求められます。乾燥が甘いと、室内環境で徐々に乾燥が進み、形状の変化や割れなどが生じてしまいます。また、木材内部に水分が残っていると、加工工程で表面が削られていく内に、乾燥していない部分が露出し、同様に動きが生じてしまいます。とりわけ、内部の水分を抜くということは、比重の高い広葉樹の木質部分の壁を抜けて、水分を引き抜くということを意味しており、ここに広葉樹乾燥の難しさがあります。
四つ目に、広葉樹のもつ応力です。広葉樹の森の大半は、天然林・二次林とされています。特に飛騨地域の広葉樹の森は、山岳地形と積雪環境に適応するかたちで、根元付近が大きく曲がった材がよく見られます。斜面と雪に耐えるかのように、広葉樹の内部には応力が蓄積され、その応力をどのようにして抜いてあげられるか、工夫が必要です。
こうした広葉樹のもつ特徴=難しさに対し、先人たちが導き出した乾燥スパンが「1年」。天然乾燥によって長い時間をかけることで、ゆっくり水分を平衡含水率にまで落とすやり方です。長い時間をかけることで、木材内部の水分も引き抜いていく。急激な乾燥を避けることで、木材の狂いや割れを抑制する。木材中の応力を、ゆっくり抜いてあげる。そういった技術的思想が、天然乾燥には詰まっています。
平衡含水率=15~20%程度まで天然乾燥で落としたのち、人工乾燥で室内環境に耐えうる含水率=8±2%にまで落として仕上げる。これが一般的な広葉樹乾燥のやり方でした。
乾燥「1年」 → 乾燥「40日」
現在、飛騨市で取り組んでいるプロジェクトでは、この「1年」かかる乾燥プロセスを、「40日」に短縮する技術の開発に取り組んでいます。先人たちが培ってきた乾燥技術にアップデートをかけることで、もっと飛騨の広葉樹の森・素材との距離を近づけるチャレンジをしています。飛騨市広葉樹活用推進コンソーシアムの一員でもある、高山を代表する家具メーカー・飛騨産業さんの乾燥技術をベースに、新たな乾燥機を立ち上げました。
本プロジェクトの目的としているのが、天然乾燥を省略した短期乾燥技術の確立です。これまで長い期間を要した天然乾燥のプロセスを、人工的に再現・短縮し、必要な乾燥品質を確保していくという試みになります。
僕たちが目指している乾燥、ひいては流通の姿というのは、飛騨の広葉樹の森の可能性が、より開かれていくような流通の姿です。乾燥期間の短縮には、単なる乾燥技術の開発の先に、目指したい飛騨の広葉樹の森の理想の姿があります。広葉樹の生産にかかるリードタイムを短くすることで、現実的な商売のスパンに収まるようになってきます。これまでは、在庫にあるもののなかでしか勝負できなかった商売が、素材を1から選んで勝負できる商売へと広がっていきます。広葉樹流通は、約9割ほどがチップになっていく流通に特徴がある中で、この乾燥技術がもたらすリードタイムの短縮が、流通から漏れてきた素材に新しい光をあてることができるのではないかと、明るい未来を思い描きながら、広葉樹乾燥に四苦八苦し、泥水すする日々を過ごしています。
短期乾燥の技術的・実務的利点
これまで培われてきた先人たちのやり方を無視し、天然乾燥を省略して大丈夫なのかといった意見も散見されるので、ここからの話は、少しマニアックな話になりますが、理論的に想定している短期乾燥の効果・利点を整理したいと思います。
1、割れの抑制
木材乾燥で欠かせない視点というのが、乾燥途中での割れをいかに抑制するかという視点です。そのために採られたひとつの方法論が、天然乾燥にてゆっくり乾燥させるというものでした。
しかし、空気中の湿度というのは、一般的に60~70%程度。これは、乾燥初期の環境としては、広葉樹にとって厳しい条件となります。割れの発生が起きるのは、繊維飽和点といわれる含水率30%前後。この繊維飽和点を越えると、自由水の移動から結合水の移動へと乾燥のフェーズが移行し、割れの心配が少なくなっていきます。
天然乾燥の良さは、ゆったりとした乾燥速度を維持することで、急激な乾燥による含水傾斜が生じにくくするということ。一方で、乾燥初期だけを切り取ると、木材にとっては厳しい湿度環境になるというデメリットがあります。短期乾燥プロジェクトでは、天然乾燥ではコントロールできない乾燥初期の湿度環境を、低温高湿な環境にコントロールすることで、天然乾燥よりも割れの抑制を利かせることができるのではないかと考えています。
個人的に一番関心が高いのが、ナラの板目材を割らさずに乾燥させること。天然乾燥では、どうしても板目が割れやすいコナラを、割らさずに乾燥させることができれば、柾目文化の強いナラ材流通に新しい価値を提供できるのではないかと、期待しています。
2、反りの抑制
使いやすい材料=歩留まりの良い材料の特徴として、反り・狂いが少ないという点が上げられます。そして反り・狂いを抑制する上で、一番効果的といわれているのが、材料に重しを乗せ、矯正するという方法です。
天然乾燥の場合、すべての材料に重しをかけることができるわけではないので、天然乾燥中の反り・狂いを抑制しきれない一面があります。短期乾燥の場合、乾燥初期から重しをかけて矯正をかけるため、縦反りを抑制しやすくなっています。ただし、人工乾燥機は天然の環境よりも高温環境を作り出すため、工程を間違えると逆効果になる可能性も高く、そこの塩梅に乾燥技術が求められてきます。
3、色味の維持
天然乾燥のデメリットとして、約1年にわたる風雨の影響というのが上げられます。天然乾燥期間中、雨・風・雪に晒すことになるので、トチやカエデ、ブナ、ハンノキなどの白っぽい樹種は、風雨による劣化を伴うことがあります。見た目の評価も重要視される広葉樹流通において、色味の劣化の少ない材料を提供できるかどうかは、重要な乾燥技術になります。短期乾燥の場合、風雨に晒す期間を短くすることができるので、新鮮な状態で乾燥を仕上げることができるのではないかと考えています。
4、キャッシュフローの改善
通常の広葉樹流通において、乾燥にかかる1年という時間は、それを負担する事業者さんにとっては、キャッシュフローに大きな負担をかけることになります。製材所はもちろんのことですが、原木=素材の状態で広葉樹を購入し、賃挽き・賃乾燥にて材料調達を行なってくれている作り手さんたちは、約1年分の材料=資金を寝かす必要があります。それに対し、短期乾燥フローの場合は、そこのキャッシュフローを大幅に短くすることができるので、寝る素材=資金の量を減らし、短くサイクルさせることが可能になります。原木買いには、作り手のニーズにオーダー対応していける良さがありますが、ここのキャッシュフローの長さがネックになり、二の足を踏む方々が多いです。キャッシュフローが改善されることで、より飛騨の広葉樹が使いやすく、身近な素材になっていくのではないか、ひいては素材ごと、作り手ごとにオーダー対応できる仕組みが広がっていくのではないかと、期待しています。
乾燥技術のアップデートが、森と人との関係性を変えていく
ここまでは、技術的・運用上に想定されている短期乾燥のメリットを整理してきました。既存の乾燥技術をアップデートしていく試みは、技術の領域である以上、事前に想定された利点があります。一方で、技術のアップデートするということは、そこに新しい可能性を生み出し、技術者自身も想像していなかったようなサービスが生まれうるのです。新しい技術と新しいサービス・ビジネスが結びつくことで、森と人との関係性、ひいては素材と人との関係性が、きっと想像もしていなかったような方向性へと開けていくものだと考えています。
本プロジェクトは、2023年度末までの間の試験プロジェクトです。乾燥プログラムの開発に留まらず、乾燥機本体の改良やボイラー運用の改善など、期間内でできうる限りの改善を行ない、2024年度以降の短期乾燥技術の実装を目指しています。多くの方々にご協力をいただきながら、このプロジェクトを実りのあるものにしていきたいと考えています。それが私自身の想いである、“vernacular”な木材流通=森と人との関わりの実現に向けた、大きな力になってくれることを願っています。